長坂カーブ「あずさ」E257系

中央本線 小淵沢~長坂にて

青春18きっぷの消化を兼ねて、この日は中央線を甲府方面へ向かっていた。
115系のボックスシートに後輩と2人、趣味話に花を咲かせながら長坂駅で下車。
駅から15分程歩くと、有名撮影地「長坂のカーブ」に到着した。
コンクリート工場横の法面に位置するこの場所は、八ヶ岳をバックにカーブを描く列車を捉えることができる。
特に何か珍しい列車が通る日ではなかったため、2人でのんびりと撮影していた記憶がある。
吹き付ける風が冷たく、途中近くのセブンイレブンで買った肉まんが美味しかったのを覚えている。

鉄道ファンから「武田菱」の愛称で親しまれたこの塗装、先日ついに消滅してしまったらしい。
カラフルな塗装が景色に映え、中央東線のシンボル的存在であったと思う。
(New EOS Kiss + EF55-200mm F4.5-5.6 II USM)

根ノ上踏切「富士・はやぶさ」EF66-46

東海道本線 根府川〜早川にて

中学生になって行動範囲が広がると、駅撮りだけでは満足できなくなってきた。
鉄道雑誌で気になる写真を見付けては区間を覚え、どうやってアクセスするのか検索して調べていった。
根ノ上踏切もそうして知った場所の1つだった。
根府川駅から徒歩30分程の場所にある小さな踏切で、画面奥に見える米神踏切を通過してS字を描く上り列車を捉えることができる。
早朝の東海道線に揺られ根府川駅で下車、交通量の多い135号線を足早に歩き米神のカーブへ。
その後、根ノ上踏切・佐奈田の俯瞰と移動しながら石橋地区で夕方まで撮影するのが定番の流れになっていた。

この日の「富士・はやぶさ」は2時間程遅れていたと思う。
長距離列車ゆえ遅延は珍しくなかったが、当時スマホも無かったため運行情報の取得に苦労した記憶がある。
踏切が鳴る度に←→を確認し、カーブの先を見つめて備えていた。
「ロクロク」の姿が見え緊張が高まる、指先に力を込めて切り取った思い出の一枚。
(New EOS Kiss + EF55-200mm F4.5-5.6 II USM)

弥勒寺踏切跡「784M」113系

東海道本線 藤沢~大船にて

写真を撮り始めた頃によく通った撮影地・弥勒寺踏切跡。
始発電車で最寄り駅を出発し、藤沢駅から歩いて到着する頃に寝台特急「出雲」が通過していくダイヤだったと思う。
冬場は吹き付ける風が冷たく、一緒に撮っていた同業者の方にHOT缶を奢ってもらったこともあった。

E231系が登場すると、既存の113系は急速に数を減らしていった。
メインの寝台特急だけでなく、前後を走る普通列車たちもまた名優だったと思う。
MDプレイヤーを聴きながら写した懐かしの一枚。

当時のマイブームはポータブルMDプレイヤーだったが、もはやMD自体が時代を感じる品になっている。
この写真も既に15年以上前のもの、そろそろE231系も置き換えがあるのだろうか?
(New EOS Kiss + EF55-200mm F4.5-5.6 II USM)

3757M「快速アクティー」113系15連

東海道本線 新子安駅にて

三脚を据えて本格的に写真を撮り始めたのは中学生になってから、当時実家にあったNew EOS Kissという一眼レフにネガフィルムを詰めて撮影に出掛けていた。
最初は晴天日中にも関わらずISO800のフィルムを使ってしまうなど、写真のイロハも知らなかった。
山崎友也カメラマンの鉄道写真教室やTeam BONNETSの撮影地ガイドなどを参考に、素人なりに勉強していった記憶がある。

新子安駅のホームは、中学生の頃よく通った撮影地だった。
実家からも近く、113系の15両編成が堂々と駆け抜ける姿は身近で魅力的な被写体だった。
記憶が正しければ、3757Mは最後まで113系で残った快速アクティーの運用だったと思う。
通り過ぎてもなお響き渡るMT54のモーター音、今でも強烈な印象が残っている。
(New EOS Kiss + EF55-200mm F4.5-5.6 II USM)

大正橋「奥利根」EF58-61+12系

上越線 敷島~渋川にて

夏休みの定番・青春18きっぷ消化を兼ねて上越線に出掛けた。
この日は快速「奥利根」にEF58-61が充当されると聞き、上越線を目指した。
渋川駅から少し歩いた場所にある大正橋、この歩道部分から上り列車を撮影できる。
隣接する宿「三角屋」の屋上にもカメラを据える姿が見えたので、大人数での撮影だった。
(何年か前に近くを通った際の様子だと「三角屋」は閉店してしまったらしい)
この「三角屋」一度宿泊で利用した事があり、部屋の窓から115系を撮影した記憶がある。
当時は¥1,000を払うと、宿泊客でなくても屋上で撮影させてもらえるサービスがあったと思う。

夏の強い日差しを受けながらも、通過時刻が迫るにつれて光線が寝てきた。
カーブの先から前面のガラスを反射させて姿を見せたロイヤルエンジンは痺れる程かっこよかった。
今見返すと側面が少し弱い気もするが、お召列車の先頭に立つ姿を知らない世代としては貴重な一枚となった。

ある日職場で、首席から呼び止められ一枚の写真を見せてもらった事がある。
それは当時の東京機関区で、若かりし日の首席がEF58-61の前で記念撮影しているものだった。
「運転台内部もな、ピカピカに磨き上げられていて。やっぱりお召機は違うと思ったよ。」
当時の機関士たちからも羨望の的であったロイヤルエンジン、もう一度姿を見てみたいと思う。
(New EOS Kiss + EF50mm F1.8 II)

鳩原ループ「雷鳥」485系

北陸本線 敦賀~新疋田にて

中学生になると、夏休みは青春18きっぷを使って遠出するのが定番になった。
「ムーンライトながら」の指定席が空いていれば購入し、行き先はその後決めることが多かった。
この日は、敦賀駅併設の観光案内所でレンタサイクルを借りて撮影地を巡っていた。
特急街道とも呼ばれる北陸本線は列車頻度も高く、夢中で一日過ごせた記憶がある。
照り付ける日差しに水分を奪われながら自転車を漕ぎ、夕方の鳩原ループへやって来た。
時刻表を見ると、次の「雷鳥」は電気釜先頭で来るらしい。
9両編成の最後尾まで画面に入ったことを確認し、狙いの位置でシャッターを切った。
485系国鉄色の姿は、幼い頃に絵本で見た特急列車のイメージそのものだった。

平成生まれの自分にとって、食堂車を連結し長編成で駆け抜ける特急・急行列車は絵本でしか知らない世界である。
この写真も末期の姿ではあるが、なんとか自分の手で記録に残すことができて良かったと思う。
(New EOS Kiss + EF55-200mm F4.5-5.6 II USM)